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なぜ不安やつらい気持ちになるのか?『なぜ心はこんなに脆いのか:不安や抑うつの進化心理学』

人はなぜ不安でどうしようもなくなったり、気分が落ち込んでうつになったりするのかという疑問を抱いたことはありませんか?
近年、進化心理学の論文の数はどんどん増えており、注目を浴びています。なぜなら従来の精神医学では説明が難しかった精神疾患の原因などを進化論の視点から答えを導き出せるようになったからです。

ウイルスによる感染症はPCR検査や血液検査、胃ガンの腫瘍はX線検査や内視鏡などで特定することができます。時代が進むにつれて、ワクチンや画像診断などの高度な科学技術を用いた診察方法が取り入れられて、疾患の発症率や死亡率を大幅に下げています。

しかし、精神心理学については著名な科学雑誌のサイエンスで数人の研究者がつぎのように述べています(R)。

「過去50年にわたって、統合失調症の治療は目立った進展を見せていない。うつ病の治療法も、20年間大きな進展はない。(中略)このような進展の遅さからわかるのは、我々は脳の複雑さに向き合う必要があるということだ。(中略)新たな視点が必要となっている」

このように研究者が述べているのは、精神疾患は病気と診断するかどうかの線引きが難しい、精神疾患のメカニズムがとても複雑でほとんど理解できていない、という実情があります。そのため、心理学会でも新たな視点で見ることが必要という風潮になっています。

今回は『なぜ心はこんなに脆いのか: 不安や抑うつの進化心理学』から進化心理学の視点で「不安やつらい気持ちを引き起こすメカニズム」を紹介したいと思います。進化心理学は発展中の学問ですが、精神疾患の原理について納得のいく説明ができるため、一度目を通しておくといいですよ。

私はこの本を読んで、不安や辛い気持ちが生きるために必要であることを知り、モチベーションに変えられるようになりましたよ。ネガティブな感情は人間の本能なので、自分だけがネガティブに感じているという疎外感も薄れました。

自然選択によって、生物は繁殖の成功を最大化する行動をとるようになった

自然選択とは、生物の生存競争において、有利な形質を持つものが生存して子孫を残し、適しないものは滅びてしまうことを言います。自然選択は有名なダーウィンが進化論の中で提唱した理論ですね。そして、自然選択によって、生物は繁殖の成功を最大化するような行動が形作られていることが分かっています。

なぜなら、自然選択で他よりも多くの子を残す個体は後の世代において広く見られるようになるからです。遺伝子Aの影響で一生に一匹の子を生む個体と遺伝子Bの影響で一生に三匹の子を生む個体がいたとすると、世代を経るごとに遺伝子Bを持つ個体が圧倒的に多くなりますよね。ちなみに他の個体よりも多くの子孫を残せる遺伝的性質を持つ個体をダーウィン適応度が高いと言います。

そして、人もその自然選択による影響を受けています。つまり、現代の人達も繁殖の成功を最大化するような行動をとるようになっているわけです。

人が病気に対して脆弱である理由

では、なぜ自然選択はもっと病気への抵抗力が強い体をつくらなかったのでしょうか?
繁殖の成功を最大化するには、インフルエンザに強い免疫を持ち、ガンにならなく、不安障害の精神疾患などに悩ませられることがないほうがいいはずです。

この問いへの答えは、「自然選択ができることには限界がある」というものになります。進化的な視点から、私たちが病気全般について、脆弱な3つの理由を紹介します。

  1. 人の体の進化の遅れ
  2. 自然選択の限界
  3. 自然選択への誤解

それぞれを説明していきますね。

1、人の体の進化の遅れ

ほとんどの慢性疾患の原因は、現代的な環境によるものです。昔のほうが良い暮らしだった意味ではなく、欲求を満たすために作り上げた快適な環境が疾患の元になっているというわけです。

現代人は100年以上前の貴族や権力者よりも恵まれた生活をしています。美味しい食べ物やお酒、映画やドラマなどの豊富な娯楽、自宅でも仕事ができるインターネットなどの技術があります。しかし、実はこれらが多くの疾患を生み出しています。

喫煙は心臓や肺の病気、アルコールやドラッグは依存症、生活習慣による糖尿病、高血圧、肥満の患者は現代で特に多いものとなっています。生活の近代化に体の進化のスピードが追いついていないわけです。近代化の恩恵が、病気の最大の元凶となっているんですね。

他にも、細菌による感染症があります。人間の世代は25年ほどで移り変わります。しかし、細菌は数時間で世代交代するため、人の約3万倍の速さで進化していきます。

抗生物質から生き延びた細菌がいて次世代への繁殖に有利だった場合、抗生物質に耐性のある細菌はすぐに増えていきます。進化スピードが早いと有利な遺伝子を持った個体がすぐに広まり、遺伝の突然変異で抗生物質などに耐性がある菌が出現しやすくなります。人間は、細菌と比べて進化スピードが遅いということもあります。

人は移り変わりの激しい近代の環境に体が適応できていないんですね。

2、自然選択の限界

自然選択にも限界があります。遺伝子の完璧なコピーができないため突然変異は起きますし、物理法則には逆らえないという弱点があります。

自然選択には進化が進むと後戻りができませんし、体の不完全な箇所をピンポイントで修正することも難しいです。親知らずはなくなりませんし、精神疾患に弱いからといって脳を一から作り変えることはできません。

私たちの体の長所と短所はトレードオフの関係です。どこかに強い形質が誕生すれば、コストが発生します。タカは1.5km先でもネズミを発見できますが色覚と周辺視野がありません。体が大きくなれば捕食者から狙われなくなりますが、体を維持するために多くの獲物を狩る必要があります。

生物の体はトレードオフの関係があるため、個体は中庸なものが多くなります。何事も極端は良くないんですね。

3、自然選択への誤解

私たちの体は、健康や寿命を最大化するのではなく、遺伝子の増加を最大にするようにできています。そのため、子孫の数を増やす遺伝子は、寿命を縮めて苦しみを増やすようなものだったとしても、世代を経るごとに増えていきます。

進化論の視点では、自然選択で男性は早く死ぬようになっています。男性は寿命を削ってでも競争に労力とリソースを割り当てることで、他のオスに勝ち、子孫を残す機会を増やすことができます。

すべての生物は、繁殖のために健康や幸せを犠牲にしています。なぜ老化があるのか?なぜずっと幸せでいられないのか?と人の体に疑問を抱く人も多いですが、自然選択の一番の優先事項は子孫を残すことだからです。

他にも自然選択への誤解で多いのが、防御反応自体を問題と考えることです。人の体は風邪のウイルスを撃退しようとするため、発熱を起こしてウイルスの働きを弱めつつ体の免疫力を高めています。ところが、多くの人はこの発熱自体が問題だと解釈して薬などで熱を下げようとしてしまいます。

体の防御反応は過剰に反応するようにできており、このことを「煙探知機の原理」と言います。花粉などにも反応するので「大げさではないか?」と感じる方もいらっしゃるでしょうが、もし致死性のウイルスだった場合に見逃してしまったら個体としての死を意味し、見逃したリスクがとてつもなく大きいので敏感に反応するようになっています。生存できるなら、誤反応があったとしても許容されるんですね。

不安や落ち込みはそれ自体が問題なのか?問題に対する症状なのか?

人の多くが医学の治療を求める理由は、痛みや苦しみを感じるからです。実は痛みや苦しみはそれ自体が問題ではなく、問題に対する症状であることが多いのです。

精神医学は不安や落ち込み自体を問題だと捉えて、その原因に目を向けられない傾向があります。他の医学領域では痛みや咳などの症状は問題を示唆する有用な反応だと捉えられます。内科では腹痛を訴える患者が来た場合、腹痛の根本的な原因となるガン、便秘、過敏性腸症候群を疑いますが、精神科では不安や気分の落ち込み自体を治そうとするということですね。

症状を疾患として捉える傾向は医学領域において問題となっており、「臨床医の幻想(clinician's illusion)」、社会心理学では「根本的な帰属の誤り」と呼ばれています。症状自体が問題であるかのように見えるのは、その多くがとても不快なもので生活の妨げになるからです。しかし、根本的な問題を放置して、症状を治そうとしても良い効果は見込めません。

咳や発熱、不安や落ち込みなどの症状は体の防御反応であり、体に異常があるというシグナルになるので体にとって有益なんですね。

ネガティブな感情は役に立つ

感情に関する問題は、これまでポジティブ感情の欠如と過剰なネガティブ感情に注目が集まっていました。モチベーションの著しい低下、不安や気分の落ち込みなどですね。しかし、過剰なポジティブ感情、ネガティブ感情の欠如も問題となります。

躁状態は多幸感を感じて異常なほどの気分の高揚が持続する場合がありますが、物事を冷静に見ずに衝動的に行動するため、合理的な決断ができなくなります。また、自分への過剰な自信を持つため、どう見ても無謀な計画を実行に移したり、周囲に高慢な態度を取ったりします。

不安が欠如していると危険を見落としやすくなり自分の命も危険にさらしかねませんし、問題に対処する行動をしなくなったりしてしまいます。不安は適度であれば人の生存、行動の促進、問題解決に役立ちます。

特定の状況において、湧き上がってくる感情は適切で適度であるかどうかが大切なんですね。不安自体を嫌だと思うのではなく、不安の原因となる問題について考えて、対策するようにしましょう。

なぜ不安は過剰になるのか?

人が過剰に不安になるのは、「煙探知機の原理」でほとんど説明できます。原始時代のサバンナでライオンらしき動物を見かけたら逃げる人のほうが、逃げない人よりも生き延びる確率が高くなります。逃げ損なうよりも、たとえ無駄であっても多めに逃げたほうがいいからです。

人類は昔から集団で協力して外敵を排除して生活を営んでいたので、仲間外れにされることに不安を感じます。現代ではライオンに襲われる、仲間外れにされることで生存できないということは少ないですが、私たちの体は「煙探知機の原理」を備えたままです。そのため、人はネガティブな感情を重要視し、ポジティブな感情よりも敏感に反応するのです。

人は進化的に不必要な不安を抱えずにはいられません。このことを意識して生活すると本当の問題を理解できるようになります。

気分は状況の良し悪しによって変化する

ほとんどの行動は、目標を達成するためにあります。目標達成の状況によって気分は変化します。

人は目標が前進しているときに良い気分になりますが、停滞しているとやる気がなくなって気分が落ち込みます。目標が達成できそうだと高揚した気分になって、モチベーションを上げることで目標を手に入りやすくなります。反対に、目標が達成できなさそうだと感じると気分が沈み、諦めと喪失感につながります。完全に諦められることができると、他の目標を達成するべく、新たに動き出すことができます。

気分は目標を達成するために切り替わっているのです。目標が達成できそうなら良い気分でサポートし、目標が達成できなさそうなら気分を落ち込ませて別の目標を追求するようになっているんですね。目標追求の状況が気分に影響を与えるかどうかを調べた研究によると、気分に最も影響を与えるのは、目標追求の成功や失敗ではなく、目標に向かって進む速さであることがわかったとのこと。

良い気分は楽しくやり通すことができるというメリットがありますが、望みのない目的のために無駄な努力を注ぎ続けてしまうというデメリットもあります。落ち込んだ気分は、現実的で客観的な状況判断ができるようになり、新たな戦略や目標に切り替えることができます。良い気分と落ち込んだ気分はどちらもバランスよく機能することで目標を効果的に達成できるようになっているんですね。

まとめ:心の脆さは人生をより良く生きるために必要

進化心理学で不安やうつ状態のような状態が私たちにとっては苦痛でも遺伝子の生存に有利に働くという、つらい気持ちには妥当な理由があると知ることができます。そして、その背景には「煙探知機の原理」、「現代の環境」が関わっています。

普段は悪者にされがちな不安や落ち込んだ気分の良い点を学ぶだけでも心の負担が軽減され、助けになります。なぜなら、ネガティブな感情は適度であれば、私たちが生きやすいようにサポートしてくれる正常な反応だからです。

私はなんだかネガティブになってきたなと感じたら、新しいことを試したり、小さな目標を設定したりしていますよ。進化心理学で大まかな感情の理解ができるようになったのはありがたいです。

進化心理学のおすすめ本

なぜ心はこんなに脆いのか:不安や抑うつの進化心理学

なぜ心はこんなに脆いのか:不安や抑うつの進化心理学
人の心が脆弱である理由を進化心理学の視点で学べます。
不安やネガティブな感情の心のメカニズムを教えてくれるので、つらい気持ちがあることへの理解が深まり、対処法も思いつきやすくなります。
メンタルを改善したい方にお勧めです。

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こちらの本は進化心理学による人間の本質を学べます。進化心理学とは、人間の心理メカニズムを進化の視点から研究する学問分野です。
ここまで繁栄した人間の進化はどのようにして起こったのか、異性にモテるための条件、効果的なリーダーシップ、人の遺伝子と幸せなどのテーマを幅広く教えてくれます。
人の根本的な性質や心理、進化心理学について知りたいという方におすすめの本です。

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